あまの原 ふりさけ見れば
□ 数奇なる運命
天の原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出し月かも
-阿倍仲麻呂--
阿倍仲麻呂とはのちの陰陽師として有名な安倍晴明一族のご先祖様のひとりといわれる
仲麻呂は若くして優秀だったため遣唐使に同行し、当時の最先端の国・唐の都・長安へ渡る
驚くことに科挙にも合格し、かの楊貴妃を愛した玄宗皇帝に仕えることとなる
当時は簡単に日本へ帰れるわけもなく、何年かに一度やって来る遣唐使船に乗らなければ帰れない
彼はあまりに優秀だったために、玄宗皇帝から唐を離れることの許しがなかなかもらえない事もあった
唐の滞在も35年が過ぎ、ついに帰国が決まる
唐の高僧鑑真和尚らとともに出発する日がせまる中、親交のあった李白、王維ら大詩人が参加しての送別の宴が催された
その席で仲麻呂がうたったとされるのがこの歌だった
順風満帆な昇進と栄達
しかしこのあと仲麻呂の人生が小舟のように翻弄される
帰国の船は4隻あり、吉備真備の船、鑑真和尚の船はそれぞれなんとか日本にまでたどり着いた
しかし仲麻呂の乗った船だけはベトナムに漂着し、結局長安に戻るしかなかった
またその直後に長安では安録山によるクーデターが起きていた
唐の国の情勢が悪化、仲麻呂は現在のベトナム地方の長官の職などを経て、ついに日本への帰国は果たせないまま異国で73年の生涯を閉じた
その運命を思うと、情景を歌っただけに思えるこの歌の響きが変わる
ーー故郷の山にかかる月を思って歌う
日常の何気ない風景に、かけがえのない心のふるさとがあった…
天の原 振りさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも