古歌集

万葉集・古事記・百人一首・伊勢物語・古今和歌集などの歌の観賞記録

ヤマタチバナの実の照るを見む

この雪の け残る時に いざ行かな 山橘の 実の照るを見む 大伴家持 (万葉集) この歌は家持が、越中(現在の富山県と石川県能登地方を合わせた地域)に国守として赴任中(750年)に詠まれた。 ヤマタチバナとは、今のヤブコウジの事で、冬に赤く艶やかな実をつける…

飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば

世の中を 憂しとやさしと 思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば この歌は、山上憶良の『貧窮問答(ひんきゅうもんどう)の歌』という長歌に続く反歌として万葉集に採られている 『貧窮問答歌』は、厳しい租税に追われ貧窮に喘ぐ、民の嘆きの歌 「やさし」は…

春の日のうららにさして行く舟は

春の日の うららにさして 行く舟は 竿の滴も 花ぞ散りける 源氏物語 胡蝶 源氏物語、胡蝶の巻に出てくるこの歌は、物語の中の六条院で催された春爛漫の舟遊びの場面での一首 六条院の邸には春夏秋冬をテーマとした各々4つの区画の邸宅があった 光源氏は春の…

峨眉山月の歌

峨眉山月(がびさんげつ) 半輪(はんりん)の秋 影は 平羌江(へいきょうこう)の水に入りて流る 夜 清溪(せいけい)を発して 山峡に向かう 君を思えど見えず 渝州(ゆしゅう)に下る 李白 李白は、701年生まれの唐代の詩人だ。 今では詩仙と仰がれるが、生前は流転…

すゑ葉の露に 嵐たつなり

暮るる間も 待つべき世かは あだし野の 末葉(すゑば)の露に 嵐たつなり 式子内親王 ーー 日暮れまでも待ってはくれない、この世の中は。 葬送の地・化野(あだしの)の葉先の露が、風であっけなく消え去るように ーー (私訳) この歌の作者は式子内親王、後白河天皇…

新しき年の始めの初春の

新(あらた)しき 年の始めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと) 大伴家持 万葉集4516首の最後の歌。 この歌が作られた759年は、大伴家持が頼みにしてきた聖武天皇・橘諸兄が2〜3年前に相次いで没し、いよいよ名門豪族大伴氏の存続の危機をひしひし…

あはれなり わが身の果てや

あはれなり わが身の果てや 浅緑 つひには野辺の 霞と思へば 小野小町 誰もが知る平安初期の美女・小野小町とこの歌のイメージはあまり結びつかないかもしれない 小野小町は伝説の多い人物で、深草少将の百夜通いや、能の『卒塔婆小町』『通小町』の中の髑髏…

やまぶきの 立ちよそひたる 山清水

やまぶきの 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく 高市皇子(たけちのみこと) 『十市皇女の薨ぜし時に高市皇子尊の作らす歌三首』として万葉集巻第二に採られた歌 十市皇女(とをちのひめみこ)も高市皇子も天武天皇を父にもつ異母姉弟である…

見渡せば 花も紅葉も なかりけり

見渡せば 花ももみじも なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ 藤原定家 新古今和歌集にあるこの歌 人生と自然の融合をあらわす幽玄体の歌風で知られる藤原俊成の息子の定家 定家の歌は「言葉は古きを慕ひ心は新しきを求め」る有心(うしん)の美を目指した 後鳥…

手に執るからに ゆらく玉の緖

初春の 初音の今日の 玉箒(たまばはき) 手に執るからに 揺らく玉の緖 大伴家持 758年(天平宝宇2年)家持41歳の年の初めの子の日に、宮中では宴が催された 家持は宴で奏上するための歌を用意していたが、仕事の都合で披露する事ができなかったようだ 万葉…

籠(こ)もよ み籠もち

籠(こ)もよ み籠(こ)もち ふくしもよ みふくし持ち この岳(をか)に 菜摘ます児(こ) 家聞かな 名告(の)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居(お)れ しきなべて 我こそ座(ま)せ 我〈に〉こそは告らめ 家をも名をも 雄略天皇 万葉集第…

都忘れと 名づくるも憂し

いかにして 契りおきけむ 白菊を みやこわすれと 名づくるも憂し 順徳天皇 順徳天皇の父、後鳥羽上皇は幕府倒幕を謀って承久の乱を起こした しかし天皇方は幕府方に破れ、乱に参加した順徳天皇も父帝とともにそれぞれ配流となった 後鳥羽上皇は隠岐の島ヘ 順…

真葛原 なびく秋風

真葛原(まくずはら) なびく秋風 吹くごとに 阿太(あだ)の大野の 萩の花散る 詠み人しらず ツルを旺盛に延ばして群生する葛の葉を揺らす秋風が阿太(奈良県阿田)の萩の花を散らす… 秋になると自然に口づさみたくなる歌 葛原に「真」をつけることで下につく言葉は…

朝けの風は たもと寒しも

秋立ちて 幾日(いくか)もあらねば この寝ぬる 朝明(あさけ)の風は 手本(たもと)寒しも 安貴王(あきのおおきみ) ほんの数日前までは暑くて寝苦しかったのに、ふいに明け方の風の寒さに目が覚める 夏の空気から秋のそれへと切り替わった瞬間に感じる繊細な変化…

二人行けど 行き過ぎがたき

二人行けど 行き過ぎ難き 秋山を いかにか君が 独り越ゆらむ 大伯皇女(おおくのひめみこ) 大伯皇女は伊勢の斎宮だった 弟の大津皇子は自らに迫り来る身の危険を感じ、はるばる山を越えて姉の元を訪れた 姉弟の父は天武天皇、母は大田皇女 天武天皇が崩御して…

家にあれば 笥に盛る飯を

家にあれば 笥(け)に盛る飯(いひ)を 草枕 旅にしあれば 椎(しひ)の葉に盛る 有間皇子(ありまのみこ) この歌は、有間皇子が謀反の罪によって白浜の方へ護送される途中に歌った辞世の句の一首 ~家であれば器に盛られる食事も旅であれば椎の葉が器か… 旅は、現…

藻塩たれつつ 侘ぶと答えよ

わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ 侘ぶと答へよ 在原行平 ~たまたま私の事を聞いてくる人があったなら、須磨の浜辺で塩でも作りながらしょんぼりしているよと答えておくれ~ 在原行平は、業平の母違いの兄で、どちらも阿保親王の子でありな…

夏野の草を なづみ来るかも

父母に 知らせるぬ子ゆえ 三宅通(みやけぢ)の 夏野の草を なづみ来るかも 万葉集巻第13より ~父母にはまだ知らせていない娘ですから、三宅村の生い茂る夏草の道をかきわけて通って行くのです(私訳)~ この歌は、その前に長歌があり、その反歌として載ってい…

七夕つめに 宿からむ

狩りくらし たなばたつめに 宿借らむ 天の河原に 我は来にけり 伊勢物語、惟喬(これたか)親王の伴をして在原業平らが狩りで天の河(現在の大阪府枚方市天野川)までやって来た 親王は業平にこれを題材にした歌を所望した そうして作った歌としてとりあげられて…

禊ぞ夏の しるしなりける

風そよぐ ならの小川の 夕暮れは 禊ぎぞ夏の しるしなりける 藤原家隆 …涼やかな風の吹く、ならの小川の夕暮れ時は、まるで夏越しの祓の行事だけが夏の名残のようである… 鎌倉時代初期の歌人家隆の、夏になれば必ず口づさみたくなる歌 夏越し祓えが行われる…

春されば 卯の花腐たし

春されば 卯の花腐(く)たし 我が越えし 妹(いも)が垣間は 荒れにけるかも 詠み人知らず 万葉集巻第十の中の、春の相聞(そうもん)の『花に寄する』に分類された歌 低木である卯の花の垣根を乗り越えながら通ったあの娘の家の垣根は今ではすっかり荒れてしまっ…

沢の蛍も 我が身より

もの思えば 沢の蛍も 我が身より あくがれ出ずる 魂(たま)かとぞ思ふ 和泉式部(いずみしきぶ) 和泉式部についてまず言われるのは、恋多き女性 実際はどうだったのだろう 実際のところ噂に違わぬ恋愛遍歴と、何にもまして女流歌人の第一人者といえる数々の明…

未だ渡らぬ 朝川わたる

人言(ひとごと)を 繁み言痛(こちた)み 己が世に 未だ渡らぬ 朝川渡る 但馬皇女(たじまのひめみこ) 但馬皇女とは、天武天皇の皇女であり、藤原鎌足の孫にあたる 万葉集巻第二の相問(そうもん)の中に採られている 情熱的な女性の恋の歌、三首 □ 秋の田の 穂向…

旅にまさりて 苦しかりけり

人もなき むなしき家は 草枕(くさまくら) 旅にまさりて 苦しかりけり 大伴旅人 大伴旅人は60歳を過ぎてから太宰師(だざいのそち)として筑紫へ2度目の赴任をした この赴任は藤原氏にとっての厄介者を遠ざける隠流(しのびながし)かともいわれる 筑紫には、愛…

世の中に 絶えて桜のなかりせば

世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし 在原業平 現在の大阪府枚方市辺りにあった渚院(なぎさのいん)に、惟喬親王達とともに狩りにやって来た時の歌 狩りといいながら、ほぼ桜を愛でながら酒を飲み交わし、和歌を披露しあって過ごしたよう…

花や今宵の 主ならまし

行き暮れて 木の下陰を 宿とせば 花や今宵の 主ならまし 平忠度(ただのり) 平忠度とは平家の公達で、後の源氏との合戦においては武将として戦った 和歌に優れ、戦う前に死を覚悟して辞世の句をしたためていた それが上記の歌 --旅に行き暮れて、桜の木の下…

桜の花の にほひもあなに

娘子(をとめ)らが 頭挿(かざし)のために 遊士(みやびを)の かずらのためと 敷きませる 国のはたてに 咲きにける 桜の花の にほひもあなに 伝 若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ) 万葉集第八巻 春の雑歌より 乙女達や風雅な男達が、髪に挿したり蔓を輪にして巻…

わが身ひとつは もとの身にして

月やあらむ 春や昔の春ならむ 我が身ひとつは もとの身にして 在原業平 『伊勢物語』第4段より 伊勢物語自体の作者は不詳で、だいたい平安中期くらいまでに作成されたか 和歌を中心にその歌の背景の物語を短編の章にして、物語全体で、ある男の一生を綴った…

宮も藁屋も 果てしなければ

世の中は とにもかくにも ありぬべし 宮も藁屋も はてしなければ 蝉丸 (私訳)世の中はとにもかくにも変わりゆくもの。宮であろうと藁屋あろうと永遠のものはないのだから… これは能楽『蝉丸』の中で歌われている 『蝉丸』は世阿弥の作といわれる 物語は、醍…

行方も知らぬ 恋の道かな

由来の門(と)を 渡る舟人 かぢを絶へ 行方も知らぬ 恋の道かな 曽禰好忠 百人一首にも採られている歌 作者の曽禰好忠は歌の名手として知られていたらしく、好忠自身もその自信と誇りがおおいにあったようだ 好忠は丹後の国の役人だったことから人々から「そ丹…