春されば 卯の花腐たし
春されば 卯の花腐(く)たし 我が越えし
妹(いも)が垣間は 荒れにけるかも
詠み人知らず
万葉集巻第十の中の、春の相聞(そうもん)の『花に寄する』に分類された歌
低木である卯の花の垣根を乗り越えながら通ったあの娘の家の垣根は今ではすっかり荒れてしまった(私訳)…
これだけの歌なら気にも留めなかったかもしれないが、
「春されば 卯の花腐し」
という美しい響きから始まっているために、放っておけない歌となった
同じ万葉集の巻第十九に
『霖雨(ながめ)の晴れぬる日に作る歌』として、
□ 卯の花を 腐す霖雨の ・・
とあるように、万葉の頃は卯の花と雨は自然に結び付いていたようだ
ならば、先の歌の 「卯の花腐し」 は、白く密集して咲く卯の花が春の長雨でクタッとなった様子と、最近足が遠のいてしまった娘の家の垣根の様子が二重うつしとなっている
もう少し時代が下って『伊勢物語』の中で、
■ 起きもせず 寝もせで夜を 明かしては
春のものとて ながめ暮らしつ
「ながめ」は、「眺め」と「長雨」二重の意味を表す